A Word

次に会う約束もなくて

さよならさえ言わなかった。

「たっだいま〜〜っと!…あれ?」

その日、十二支高校3年、猿野天国は。
珍しく部が休みになったため、いつもより早く帰宅していた。
そして、自宅のポストに自分宛の手紙を見つたのだった。

「宛名は…ねえな。」
封筒にはパソコンで打った文字。
封筒自体も特徴もなく。
ダイレクトメールの類にしては薄っぺらい。

「なんだ?誰だよ。これ…。」


ぶつぶつと文句を言いながら、天国は封筒を破った。
中には、便箋が一枚。

「爆弾とかじゃねーみて…ぇ…。」


その便箋を見た時。
天国の動きが止まった。


#############

「おっ、屑桐選手だぜ。」

ここはとあるプロ球団の練習場。
プロ2年目に入った屑桐無涯は、練習を終えて帰り支度をしていた。
この日は、久しぶりに地元の練習場に戻ってきており。
早くに帰って、家族の顔を見たいと思っていたのだ。

そして、明日の休日には…。

「屑桐、調子はどうだ?」
突然先輩ピッチャーの声に思考を妨げられる。
屑桐は一瞬気を重くした。
だが、先輩をないがしろにするなどと言う事は屑桐の意志に反する事で。
屑桐は挨拶を返した。

「はい…悪くはないです。」
「ははは、お前の悪くないなら文句はないな。
 ほら、取材陣がてぐすね引いて待ってるぞ。
 今の答え返してやれ。」
「…。」
この先輩は決して嫌いな人間ではないが。
時々余計なことをする。
今日はしっかりその余計に当たってしまったようで、屑桐は心中でため息をついた。

そして、その周りには大勢の女性ファンも控えていた。
屑桐の端正な顔に浮かぶストイックでクールな表情は女性ファンの心を掴むのに
十二分に役に立っていた。
かつての実力はあるが態度が悪い後輩なら利用して楽しんでいただろうが。
屑桐には、試合の応援以外での嬌声は、騒音としか思えなかった。


(あの中を行くのか…。)
取材陣と女性ファンの二つの大波。
これを越えていくのは至難の技だ。
屑桐がそう思ったとき。


取材陣が、別の方向を向いた。
その視線は、選手たちの居るフェンスの中ではなく。
見学客しか居ないはずのフェンスの外を向いていた。


(?何かあったのか…。
 まあいい、今のうちに…。)
女性ファンの波だけなら負担も少なくなる。

そう思って、荷物を肩にかつぎ、早々に退散しようと、腰を上げた。
その時、取材陣のなかから声が聞こえた。


「おい、あれって十二支高校の猿野天国じゃないか?」




############

「おい、あれって十二支高校の猿野天国じゃないか?」
「ああ、間違いない!今年のドラフトの注目株だぜ?!何でこんなとこに…!

逆指名か?などとつまらない噂をし始める声がする中。
天国は、他人の声など気に留めることもなく、フェンスの向こうを見ていた。

「屑桐さん…。」


高校時代、屑桐は天国の恋人だった。
出会って、たった2回の試合を通してお互いに惹かれあい。
お互いに伝える言葉は少なかったが確かに満たされた生活を送っていた。
屑桐が卒業し、高校を去るまでは。

華武高校の卒業式。
幸い天国の高校である十二支高の卒業式とは重ならなかったので。
天国は屑桐の卒業を祝いに行った。
屑桐が卒業後プロ野球球団に入団する事は既に決まっていて、勿論天国もそれは知っていた。
そして、その日。
お祝いを二人でしませんかという天国の申し出に。
屑桐は言った。

「いや、いい。」

ただそれだけ。

そして天国は答えた。

「そうですか…。」

それだけ言って。

二人はその日、別れて帰った。

そしてその日から二人は一度も会うこともなかった。


#############

「きゃあああああ!!」
突然、天国の視線の右手から女性たちの嬌声が聞こえた。
何事かと思い、天国が視線を向けると。

そこに、屑桐無涯その人が居た。


「おいおい、何かすげえツーショットだぞ!!」
「そういや屑桐無涯の最後の甲子園を妨げたのは猿野のホームランだったよな!
 因縁の二人の再会ってやつか?!」
記者達も騒ぎ出す。

だが、二人はお互いの姿しか眼に入っていなかった。


「久しぶりです…。屑桐さん…。」

「天国…なぜ…。」
本当に久しぶりに聞いた、天国の声。
屑桐は天国が傍に居る事を実感した。

あの日以来、初めて聞いた声。
電話もできた。
会いに行ってもよかった。
家に居なければ、十二支にでも行けた。
なのに。

拒否される事が怖くて。
もう終わってるんだと言われるのが怖くて、ずっと動けなかった。
忙しいと理由を自分でつけて。

会いに行く事すら出来なかった。


それでも、忘れる事なんてできなくて。

分からないかもしれない、分からなくてもかまわないと。


たった一言を便箋に載せた。
まさか、それが。


「会いたいって…いってくれたでしょ?」

天国は、泣きそうな顔で。


とても綺麗に


笑った。


ああそうか。


天国も、同じだったんだ。


「お前も…会いたいと思ってくれたのか…?」


「ずっとそう思ってました。」


「そうか…。」


やっとやっと搾り出せた臆病者の一言をずっとずっと待っていた臆病者。


臆病な二人の小さな言葉。


I want to meet you…


                      end



夏葵さま、大変遅れまして申し訳ありませんでした!!
超ヘタレ屑桐さんでした。…ヘタレすぎですね。マジで。

屑桐さんも天国くんもすっごく生真面目だと思ったんです。恋愛に関して。
だから、相手が会いたくないかもしれない、迷惑をかけるかもしれないと思うともう行動できない。
それって要するに「嫌われたくない」っていう弱い気持ちなんですよね。
すごく好きで相手の気持ちも考えられないほど突っ走るっていうのもあるけど、
好きだからこそ嫌われるのが怖くて動けないっていうのもやっぱりあると思うんですね。

野球に関してはホントに努力して努力すれば結果になることは知ってる屑桐さんだけど、意外とこういうとこもあるんじゃないかと思ってこうなりました。
強引な屑桐さんでなくて物足りないかもですが…。
こんなんもありかな?と。許していただけたら嬉しいです。

いつもながら遅くなりまくりで本当にすみません!
夏葵様、素敵リクエスト本当に有難うございました!
これからもミスフル好きでいてくださいね。

では今日はこの辺で!!


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